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京都地方裁判所 平成6年(ワ)2170号 判決

甲事件原告

筒井房一

ほか一名

甲事件被告

近持善夫

甲事件被告・乙事件原告

有限会社関厚運輸

乙事件被告

東京海上火災保険株式会社

主文

一  甲事件被告らは、連帯して、甲事件原告らそれぞれに対し、各金一九三六万三〇〇〇円及びこれに対する平成五年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  乙事件被告は、乙事件原告に対し、金二二五万円を支払え。

四  訴訟費用中、甲事件原告らと甲事件被告らとの間に生じたものはこれを三分し、その一を甲事件原告らの、その余は甲事件被告らの各連帯負担とし、乙事件原告と乙事件被告との間に生じたものは乙事件被告の負担とする。

五  この判決は主文一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

甲事件被告らは、連帯して、甲事件原告らそれぞれに対し、各金三三〇〇万円及びこれに対する平成五年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

乙事件被告は、乙事件原告に対し、金二二五万円を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び証拠(甲一ないし三、五、六)上容易に認定できる事実

1  平成五年五月八日午前一〇時一五分頃、京都市東山区福稲御所ノ内町一一番地京都第一赤十字病院女子寮敷地内通路において、同所のゴミ集積所で積み込み作業にあたつていた京都市清掃局職員筒井一滋(以下「一滋」という。)が、甲事件被告近持善夫(以下「近持」という。)の運転するゴミ集積用の普通貨物自動車(以下「本件車両」という。)が後退してきて一滋と衝突する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2  一滋は、本件事故による肝破裂等により、同日午前一一時三〇分に死亡した。

3  甲事件原告らは、一滋の両親であり、一滋の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

4  甲事件被告・乙事件原告有限会社関厚運輸(以下「関厚運輸」という。)は、本件車両の保有者であり、また、近持の使用者であつて、本件事故は、同社の事業の執行につき生じたものである。

5  関厚運輸は、乙事件被告東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という。)との間で、本件車両につき、自賠法一一条に基づく責任保険契約を締結しており、本件事故は、その保険期間内に発生した。

6  関厚運輸は、葬儀費用等損害賠償の一部として甲事件原告らに二二五万円を支払つた。

二  当事者の主張の概要

1  甲事件原告ら

(一) 本件事故につき近持には後方安全確認義務違反の過失がある。

(二) 本件事故による甲事件原告らの相続した損害及び固有の損害は、逸失利益五五六五万二六五四円、慰謝料二〇〇〇万円、弁護士費用二〇〇万円合計七七六五万二六五四円(原告一人当たり三八八二万六三二七円)である。

(三) よつて、近持に対し民法七〇九条、関厚運輸に対し、民法七一五条、自賠法三条に基づき右金員の内金として各原告につき三三〇〇万円及び事故日以降の遅延損害金の支払を請求する。

2  近持及び関厚運輸

(一) 本件事故時、近持は十分な安全確認をしており、過失はない。

(二) 一滋は、ゴミ収集車の死角に入らないよう安全講習を受け、また、警告音も聞こえていたのに、運転者の認識困難な死角にいたものであり、仮に、近持に過失があるとしても大幅な過失相殺が相当である。

(三) 甲事件原告らの損害額は争う。

(四) 関厚運輸は、本件事故の損害賠償として甲事件原告らに二二五万円支払つたものであり、自賠法一五条により、東京海上に右金員の支払を請求する。

3  東京海上

(一) 一滋は、本件事故時、同僚と共に本件車両の誘導に当たつていたものであり、運転補助者であるから、自賠法三条の「他人」に該当せず、自賠法に基づく保険金支払請求権は発生しない。

(二) 関厚運輸既払額二二五万円については、葬儀費用としての相当性を争う。

(三) 一滋には、危険防止ないし避譲の義務違反があり、過失相殺が相当である。

(四) 仮に、東京海上に支払義務があるとしても、関厚運輸が現実に支払つた額ではなく、相当因果関係及び過失相殺により減額された範囲である。

三  本件の争点

1  近持の過失の有無

2  過失相殺

3  関厚運輸の運行共用者責任の有無(一滋の他人性)

4  損害額

第三争点についての判断

一  近持の過失の有無及び過失相殺

1  証拠(甲四、五、乙一ないし三、七、八)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故当時、近持は、京都市清掃局からゴミ集積車(パツカー車)の運行を委託された関厚運輸の従業員として本件車両を運転し、一滋は、訴外武市靖幸(以下「武市」という。)とともにゴミの積み込み作業を行う収集職員として同乗し、三名が組となつて、ゴミ収集業務に従事していた。

(二) 本件事故現場は、別紙図面のとおり、市道と前記寮敷地をつなぐ幅員約八メートルの通路に設置されたゴミ集積所であり、近持は市道からゴミ集積所に向けて十数メートルの距離を、別紙図面〈1〉ないし〈4〉のとおり後退していつた。

(三) その際、〈1〉付近で、武市と一滋が下車し、近持は、後退の警告音を発しながら、時速約二ないし三キロメートル程度の速度で本件車両を後退させ、〈2〉付近で、左後方の別紙図面「〈目〉」の時点で本件車両を誘導する武市を認め、その身振りによる誘導を見ながら後退した。

また、事故当日は連休明けで、普段よりもゴミの量が多く、集積所内の右側に山になつていたため、近持は、積込みの便宜も考え、普段よりもやや右寄りに、ゴミ集積所に通路に向けてコの字形に設置されているブロツク塀の一ないし〇・五メートル手前で停止するつもりで後退していつた。

(四) そして、近持は、一滋がゴミ積み込みのためにゴミ集積所付近にいるであろうと思つてはいたが、どこにいるかは確認していなかつたため、本件車両を、ほとんどブロツク塀に接する〈4〉の位置まで後退させ、「〈×〉」付近に立つていた一滋を自車右後部とブロツク塀の間に挟んで強く圧迫する形で停車し、武市が大声で前進を指示したため、本件車両を前に移動させた。

2  前記事故態様からみて、近持は、本件車両をゴミ集積所に向けて後退させるに際にしては、ゴミ集積所付近に一滋がいることは予測できたこと、本件車両の右後方は、武市の位置からは車両の陰になつて確認困難であること等から考えて、自ら右後方に注意し、人の有無、ブロツク塀との距離等安全を確認した上で後退すべきであつたのに、これを怠つた過失があるものと認められる。

3  他方、一滋においても、前記事故態様に加えて、一滋は、勤務先の研修で、ゴミ集積車運転手の死角に入つて作業や誘導をしないよう注意を受けていたこと(乙四)等も考慮すると、本件事故の発生について相当の過失があるというべきであり、本件の諸事情を考慮すると、四割の範囲で過失相殺を認めるのが相当である。

二  自賠法三条の他人性

前記事実及び証拠(乙四、甲八、関厚運輸代表者本人、近持本人)によれば、一滋は、本件車両に同乗して業務を行つていたが、同人の業務は、ゴミの積み込み作業であつて、その職務内容にゴミ集積車の誘導等は含まれておらず、同業の収集職員の何割かは好意で誘導等を行う者もいたが、それをしない収集職員も相当数あり、一滋については、近持から誘導を頼んだこともないし、実際に誘導をしたこともないことが認められ、右事実によれば、一滋を運転行為の一部を分担する実質的な運転補助者の地位にあつたものと評価することはできないから、自賠法三条の「他人」に該当するというべきである。

三  損害額

1  逸失利益 四四九六万〇〇〇三円(請求額五五六五万二六五四円)

(一) 証拠(甲九ないし一一、証人岸)及び弁論の全趣旨によれば、一滋は、本件事故当時満三二歳の健康な男子であり、京都市に清掃局職員として勤務しており、同市の職員給与条例によれば、平成五年度の年間所得は五〇一万九四九二円が支給されることとされていたこと、京都市の現在の給与体系が変更されることなく六〇歳の定年までの給与が支給されるとすれば、各年の給与からライプニツツ係数で中間利息を控除した額は合計九六一六万六二一四円であり、退職金は二六三六万五三五〇円であることが認められる。

そして、甲事件原告らは、逸失利益として、定年までは前記給与額、その後は賃金センサスによる平均賃金から中間利息を控除した額について、それぞれ生活費控除をした金額と退職金のライプニツツ係数による現価である六七二万五六三三円から既に受領した死亡退職金四七二万五〇〇〇円を控除した合計額五五六五万二六五四円を主張する。

(二) しかし、一般的に、自治体の職員の給与が年功序列によりほぼ一律に昇級していくことが多いことは認められるとしても、その給与体系自体は流動的なものであつて、就労可能期間三五年間の逸失利益を計算するに際して基準とするのは相当とはいえない。ただし、現在の給与体系における給与額、定年まで同じ職場で就労する可能性が高いことも考慮して一滋の将来の収入につき検討すると、事故時の平成五年度学歴計・全年齢・賃金センサスの年額五四九万一六〇〇円を上回る収入を得る蓋然性があつたものと認めることができるから、右金額を基準として、就労可能な六七歳までの間の中間利息を控除し、本件の諸事情から生活費控除を五〇パーセントとして考えると、逸失利益は四四九六万〇〇〇三円の範囲で認めるのが相当である。

(計算式5,491,600×16.3741×(1-0.5)=44,960,003)

(一円未満切捨 以下同じ)

2  慰謝料 二〇〇〇万円(請求額同額)

本件の事故態様、一滋と原告らの関係その他本件の諸事情を総合的に考慮すると慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。

3  右損害の合計額に、前記の過失相殺、損益相殺をすると三六七二万六〇〇一円となる。

4  弁護士費用 二〇〇万円(請求額同額)

本件の諸事情を考慮すると右金額が相当である。

四  よつて、甲事件原告らの甲事件被告らに対する請求は、各原告について、一九三六万三〇〇〇円の範囲で理由がある。

五  乙事件について

1  東京海上は、自賠法の適用を争うが、前記のとおり、一滋と同法の他人に該当する。

2  また、東京海上は、関厚運輸の既払額二二五万円の相当性等を争うが、弁論の全趣旨によれば、右金額は専ら葬儀費用とする趣旨ではなく、本件損害賠償債務の内金として支払われたものと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。そして、関厚運輸の本件損害賠償債務は、前記のとおり、過失相殺を考慮しても右既払額を大きく上回るものであるから、右既払額の相当性及び本件事故との因果関係を認めることができ、関厚運輸の東京海上に対する請求は理由がある。

(裁判官 齋木稔久)

当事者目録

京都市右京区田中玄京町五八番地

甲事件原告 筒井房一

同所

甲事件原告 筒井八重子

右両名訴訟代理人弁護士 前堀克彦

滋賀県甲賀郡甲南町大字杉谷一九四番地

甲事件被告 近持善夫

京都市山科区大宅甲ノ辻町二一番地

甲事件被告・乙事件原告 有限会社関厚運輸

右代表者代表取締役 富田浚次

右両名訴訟代理人弁護士 奥西正雄

同 吉田実

東京都千代田区丸の内一丁目二番一号

乙事件被告 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士 田中登

右訴訟復代理人弁護士 橋本皇玄

〈省略〉

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